井の中の蛙大海を知らず
タラレバ娘の8巻を読んで、泣きそうになったのは私だけではないと思うんだけど、怒りと悲しみが湧き上がって、そこではっとフィクションにキレてどうするの?と思って心を落ち着かせました。
さて、井の中の蛙大海を知らずということわざがあります。
小さな井戸の中に住む蛙は、大きな海があることを知らないという意から、物の見方や考えが狭いことを批判する場合に多く使われる。 『荘子・秋水』に「井蛙は以て海を語るべからざるは、虚に拘ればなり(井戸の中の蛙に海の話をしても通じないのは、蛙が井戸という狭い場所にとらわれているから)」とあるのに基づく。
http://kotowaza-allguide.com/i/inonakanokawazu.html
だそうですが、私これって恋愛には当てはまらない考え方だと思うんですよ。
(そもそも恋愛関係ないことわざだけど)
大海を知ってしまったカエルを待ち受けているのは、自尊心の欠如だったり、自分の存在価値への疑問だったり、はたまたそこで素敵なウミガメにでも出会った日には、井戸のカエルをバカにしたりする日々なわけで、大海で溶け込めて暮らせればいいけど、海水が肌に合わなかった時に井戸に戻れるかといえば、そう上手くもいかないだろうし。
いいじゃん、井戸で素朴なカエル同士仲良くして、家庭を持って、孫に看取られて命を終えたって…
世の中、知らなかった方がいいこともたくさんあるし、知ってしまったが故に苦しむこともたくさんある。
特に一度素敵な元カレがいたことのある女子なんて、本当にいいことないと思う。一度上がった理想は誰も下げてはくれない。
昔社会科の先生が、自由は不可逆的だと言ったけど、金銭感覚だって恋愛感覚だって、不可逆的なものばかり…
そして何より、自分を大切にしてくれる人を大切にしないと自分も大切にされないと思うに尽きるかな!
以上です。